エド&リーのブログ

未亡人に憧れるゴーストライター。深海魚のような仲間を探しています。結論の出ない話多めです。

コーヒーレディーはマルドロールを駆け抜けて⑨

前回の話↓

edoandlee.hatenablog.com

ハヤブサ

いまでこそ昨日あったことですらろくずっぽ覚えていない私だが、若いころはかなり記憶力が良かった。

その甲斐あって、パチンコ屋の常連の顔、いつも座る台の位置、コーヒーの好み、客同士の仲良しグループの構成など、私は次々と覚えていった。耳元で喋らないと相手が何を話しているかもわからないほどの騒音にまみれた店内の中で、呼ばれたお客さんからスムーズにオーダーをとり、スマートにコーヒーを差し出すことは思いのほかお客さんたちに好印象を与えていたようだ。

そんな意外な自分の才能も手伝って、ある日曜日、私はコーヒー屋史上過去一番の売り上げを出した。社長と奥さんは大いに喜び、たしか1万円くらいボーナスを手渡しでもらった気がする。その日は新台入れ替えの影響もあってお客さんの入りが良かったのも功を奏していた。

バイト三昧の日々を送る中、私は行き帰り、自転車を漕ぎながらいつも音楽を聴いていた。その頃はまだパソコンもそれほど若者に浸透してなくて、iPodではなくМDを聞いていたと思う。

ちょうど7月にスピッツの「ハヤブサ」というアルバムがリリースされて、ずっとハヤブサを聴きながらバイトと家の往復をしていた。中でも「さらばユニヴァース」と「8823」「メモリーズ・カスタム」がお気に入りで、「8823」は阪神高速14号松原線沿いルートの広い道を、自転車で思いっきり飛ばす時に最高のBGMだった。

朝は「マルドロールの歌」の前にあるオブジェを横目に、帰りは営業の始まった「マルドロールの歌」の様子を少し伺うようにして、パチンコ屋と家の往復を繰り返していた。夜はシダが家に来ていることもあったし、コンビニでなんか買って食べて、煙草を吸って寝るみたいな日々を繰り返していたように思う。

人・間・不・信

そんなある日のこと、シダが「知り合いに仲ええカップルがおるんやけど、リイちゃんのことを話したら2人とも会いたいって言うてるから、今度会わへん?」という話を持ち掛けてきた。

断る理由などは特になかったし、どこに遊びに行ったかは全く覚えていないが、車で迎えに来てくれるということで私は当然のようにその誘いに乗った。

数日後、白いワゴン車でそのカップルが迎えに来た。

彼氏の方は長身で眼鏡をかけていて、ニコニコしていていかにも好青年という感じの人だった。おそらくシダと歳は同じくらいだったと思う。彼女の方も、おそらくシダと同じくらいの歳で、宮崎あおいをもっと柔らかい雰囲気にしたような、非常にチャーミングな人で、2人とも私を快く迎え入れてくれた。

出掛けたのは夜だったのは覚えているが、どこに遊びに行ったとかは覚えていない。とにかくいい人たちで、雰囲気が良くて、仲良くなれるんじゃないかと思った。その日は特になにもなく、また遊ぼうという約束をして別れた。

それから数日後のことだった。

シダから突然、今度この間遊んだあのカップルたちと「ある場所である集まり」があるのだが、それに来ないかと誘いを受けたのだ。

よくよく話を聞いてみると、それは某宗教団体の集まりだった。シダはその宗教団体の会員というか、とある部門の幹部のような立ち位置であることがわかった。先日紹介されたカップルの両方もそうだった。

宗教について、私は母方の実家が天台宗のお寺で、父方は浄土真宗で、それほど信心深くもない普通の仏教徒である。無宗教といっても良いくらいだが、一応お坊さんの孫なので仏教徒でいるつもりではある。キリスト教がかっこいいと思うこともあるし、天理教の幼馴染みもいるし、それまで宗教についてそこまで深く考えたことはなかった。

ただ、シダが入っている宗教については全く良いイメージがなかった。実家の近くに同じ宗教に入っている人がいて、その人は普段はいい人なのだけれど、選挙前になると電話を掛けてきたり、母が頼み込まれて何度となく一定期間薄っぺらい新聞を取らされたりしていたのを覚えていたからだ(ここまで書くともう何の宗教かお察しかとは思うが)。

うまく表現できないが、なんというか、信教の自由ということは頭では理解していても、心の中でその宗教に対して拒否反応を起こす自分がいることがはっきりとわかった。

「えっ、じゃあこの間の〇〇さんも△△さんもそうなん?」私が訪ねると、シダはあっさりと認めた。瞬間的に「騙された」という思いがよぎった。その宗教がどうこうよりも、この数か月間そのことについて触れられなかったことがショックだったのかもしれない。

これまで決まった日に必ず帰っていたのはその集会があったからだったこともその話の中でわかった。

「リイちゃんが思うようなところじゃないから、一回だけでいいから来てみて」とシダは言ったが、私はその場で返事ができなかった。

シダの話を聞きながら、色々なことが繋がっていった。シダが入っていたサークルのサークル名が思いっきりその宗教と関連のある名前であったこととか、シダのちょっと変わった名前の由来とか、シダが住んでる地域はその宗教の人が多いこととか、色々なことがあっという間に繋がっていった。

なんでもっと早く気づかなかったんだろうと、自分でも馬鹿だなと思った。