昨日は午前中無事CTを撮り終わり、午後はひと仕事し、そして夜は夫(仮)を交えてクリスマスパーティー的なことをし、サンタのミッションもバレることなく遂行し、子どもの冬休みの宿題(何が出ているか)の確認などをし、1時半頃に寝た。
今朝は夫(仮)が何時に来たのかは知らないが、気付くと子どもたちの(プレゼントが置いてあって)騒ぐ声と、夫(仮)の声がリビングから聞こえていて、途中娘が「メリークリスマス!」と言って部屋を覗きに来たが、チラッと娘の姿の確認だけして夫(仮)が出勤するギリギリ8時半頃まで寝ていた。
そして夫(仮)からバトンタッチをし、午前中家事やらクリスマスの片付けやら子供の勉強をみたりしていたのだが、もうすでに私のストレスはMAXが100%だとしたら80%くらいに達している。
そう、たった2週間ほどではあるが、今日から子どもたちは冬休みなのである。
夫(仮)はいつもと同じように出勤して仕事をすればいいだけだが、私は邪魔が入りまくる状態になるわけで…もう午前中の時点で自分がやろうと思っていたことは何ひとつできなかった。
ということで、本来であれば今日からある連載を書こうと思っていたのだが、午前中に前から気になっていたことが気になりすぎたので今日はそのことについて書こうと思う。
伊沢拓司にはなれても大谷翔平にはなれない
私は、以前どこかの記事にもチラッと書いたが、ヒトの脳の処理能力は無限ではないと考えている(科学的・医学的な根拠などは全く知らずに言ってます)。いや、無限ではないというようりも、人によって処理能力の限界が異なっているので、勉強すればするほどだれでも無限に賢くなれるものだとは思えないのだ。
ただ、運動と比較すると、勉強の方が確実に「才能」より「努力」が報われやすいとは思っている。
理由は単純で、誰でも努力すれば大谷翔平選手みたいになれるかと言われたらそうじゃないからだ。しかし、伊沢拓司の場合はどうだろう?なんとなく大谷翔平よりはなれそうな気がしないだろうか?
なお、私は伊沢くんのことは嫌いではない。むしろ好きな方だし、伊沢くんもたいがい変わってると思うので勉強したからといってなれるものではないと思う(伊沢くんで例えるからいけないのか、「東大王」の方がわかりやすいか)。
結局何が言いたいかというと、勉強の方が運動よりも努力は報われやすいけど、かといって勉強も人によって限界はある、ということである。
小学生のテストの点数
で、なんでこんな話を今しているのかというと、先日息子が学校のテスト(国語)で100点をとった時に「これ見て!100点!!」と嬉しそうに見せてきたのだ。
もちろん私もその時は「お~やるじゃん(棒)」と反応はしたのだが、この辺の記事↓にも書いたとおり、私は高校で道を踏み外すまでは親に言われなくても勝手に勉強ができる子だったのだ。
なので、小学校でやるテストなんて100点を取るのが普通で、90点代だと「うっわ、こんなとこ見落としてたわ」みたいな感じで、80点代とか70点代なんてとったことあったっけ?って感じだったのだ。そのため、正直息子や娘が100点をとったと喜んでいても、正直「まぁ、小学校の勉強やしそんなこともあるやろ…」程度につい思ってしまう自分がいるのである。
そして今、息子と娘はチャレンジタッチ(進研ゼミのタブレットバージョン)をやっていて、それでは、半年に1回くらい全国の中での順位がわかるテストがあるのだが、今日、娘と息子が午前中にそれをやったところ、娘は国語も算数も80点代後半だったのだが、息子は国語・算数・理科・社会のうち、算数が60点で、他が80点代とか70点代とかだったのだ。
娘は発達に問題があるというのがわかっているので、まぁ80点代後半ならいいんじゃない?と言う感じだったのだが、問題は息子の方である。
息子は先生に「算数が得意ですよね」と言われるほど普段は算数が得意(なはず)なのだが、今日のテストでは60点という私からしたら信じられない点数を叩き出したのである。
60点という点数を見た瞬間、私は「あんたさ~小学校のテストで60点とってたら中学校入ったら0点よ?」みたいなことを思わず口走ってしまったのだが、口走った瞬間に「いやでも待てよ…」と思ったのだった。
どうしたらいいんだ
私は、最初に書いたとおり、人それぞれ勉強できる限界みたいなのがあると思っている。
身近な経験からいうと、兄と私はほぼ塾には行かなかったのに高校は進学校に入学し、一方塾に行きまくっていた姉は地域でもごくごく普通の高校になんとか滑り込む形で入学したのを目の当たりにしているからだ。
いくら兄妹で同じように育っても(むしろ私なんて完全に放置されていたが)これほどまでに学力に差が生まれてしまうのである。
また、息子の父親である夫(仮)は、どことは言わないが早慶上智を卒業しているのだが、まず一浪しているのと、その大学の中でも偏差値は下の方の学部なので(たしか)、畑違いのFラン芸大卒の私から見ても「ふーん、まぁ一年浪人してるしね…予備校行ったしね…」的な、「頭は悪くはないんだろうけど」的な感じなのである。
つまり、何が言いたいのかというと、私は息子に対して、
「お父さんもお母さんもそこまで勉強できなかったってわけじゃないし、あなたもきっともっと頑張れるよ!」
と、応援すべきなのか、
「ま、勉強できる・できないは人それぞれあるからね~」
と、現状を受け入れるべきなのか、どちらの姿勢で向き合えばいいのかという問題で悩んでいるのである。
子どもたちに望むこと
もう色んなところに書いているが、私は生まれ変わったら医師になりたいので、学生に戻れるのなら私はもっと勉強したいし、間違ってもFラン芸大になんて絶対入らない。
しかし、だからといって自分の子どもに対してはそんなことは一切望んでおらず、私は若干、いやだいぶ、親の都合で自分が本当に行きたい学校を目指すことすらできなかったので、子どもには子どもが望む学校を目指して欲しいと思っている。
前にどこかの記事でも似たようなことを書いたと思うが、私が子供に望むのは、
- 犯罪者にはならないこと
- 自分で一人暮らしできるくらいの経済力は身に付けること
- やりたいことがあるなら挫折してもいいから一度は全力でやること
- 義務教育レベルの勉強くらいはしておくこと
これくらいである。
それほど難しいことではないかもしれないが、娘の場合はちょっと難しくなってしまう部分もあるかもしれない。
なので、現時点では我が家の経済的事情から考えても中学受験は考えていないし、特別偏差値の高い大学や高校に入れなくてもいいと思っている。
そりゃあいいところに入れたらそれに越したことはないだろうが、姉のようなこともあるし、蛙の子は蛙だと思っているので、自分より高い学力を子どもに求めたりもしない。
ただ、自分より学力が低いっていうのもどうなん?
という話である。
いやいや、でもそれって…
いやいや、でも待てよ。
私は親が教師で過度なプレッシャーを掛けられて育った結果、潰れてしまった人を何人か見ている。
さらに最近も「ザマミィ(お笑いコンビ)」の林田くんのお父さんが医師で、林田くんもいい大学に入ってたけど、やっぱり芸人になりたいってなって中退→お父さん激おこ→もう何年も会ってない→でもお父さんは今では息子の一番のファンだよ(by.お母さんからの手紙)→号泣…みたいなのをテレビ(たしかバナナサンド)で見たばかりである。
ていうことは、もう本人に任せるのが一番なのか?
という話になってくる。
OKなの?この路線で行っちゃってOKなの??
もう軸がブレブレである。
ちなみに
ちなみにうちの息子は先日私に「将来農業がやりたい」と言ってきた。
で、私が即答で「あんた朝全然起きないから無理よ。田舎の自然の厳しさマジなめんなよ」的なことを言ったら、「親がそんなこと言ったらだめなんだよ~。先生も言ってたよ~」と怒られてしまった。
そしてその後に「農業だったら高校行かなくていいの?」と聞いてきたので、「うちが農家なら行かなくてもやってけるかもしれないけど、それでも今はみんな家の農業手伝ったりしながら高校は行ってると思うよ」とか「実は農業高校と言うものがあってだな…なんなら農工大とかいう大学もあってだな…」と説明をしたのだった。
ついでに農協の存在についても教えようとしたら「知ってる!」と言っていた(社会かなんかで習ったっぽい)。
さて、子どもを持つ親御さん、あるいは親が高学歴だった方、あるいはこれから子供が欲しいと思いっている方などなど…これを読まれた方はどうお考えだろうか。
結局のところ私の軸はまだブレブレで、やっぱりどうせなら良い点数はとって欲しいな…とは思ってしまうのであります。