エド&リーのブログ

未亡人に憧れるゴーストライター。深海魚のような仲間を探しています。結論の出ない話多めです。

本当は離婚したい人たちへ ⑦離婚が決まって私がまずやったことと子どもたちの反応

前回、夫との話し合いの結果「離婚しよう」と腹を決め、夫に提案した私だったが、今日はそれからあったこと、私がまずやったことについて書こうと思う。

早速離婚についての本を買う

「離婚しよう、ハイもう決定でいいね」と私は言ったものの、夫(仮)は黙り込んでいた。たしか「ちょっと考える」的なとを言ってたような気もするが「いや、考えるも何ももう無理じゃん」みたいな感じでその日は終わったと思う(記憶が曖昧でごめんなさい)。

私はすぐにネットで離婚に関する本↑を購入し、届いたその日のうちにほぼ読破した(付箋つけすぎ)。

この本を読んで思ったのは「話には聞いてたけど色々やることあるなー。これはしんどいわ」ということが全体的な感想だったが、何より気になったのは、養育費と児童扶養手当の問題である。多分5月に家出した時にもそのへんのことは調べていたはずだが、改めて「養育費それなりにもらってたら児童扶養手当ってほとんどもらえないのでは?」ということだった。

つまり、言い方は悪いが児童扶養手当をガッツリもらおうと思ったら、夫(仮)からもらえる養育費は少なくなければ成立しない。つまりそうなると私がめちゃくちゃ働かないといけない…ということである。

「養育費少ない=夫(仮)への金銭的ダメージは少ない=私は仕事も忙しくなって子育ても完全ワンオペ=私にめっちゃしわ寄せ来るやん」と純粋に思ったし、そもそもなんでこれまで色々修復しようと頑張ってきた私の方がしんどい目に遭わないといけないんだ?という気持ちがムクムクとわいてきたのだ。

これが仮に自分の実家が近いとかだったらまた全然違っていたと思うけど、私の場合は、

  • 自分の実家は全くあてにできないし、する気もない
  • 夫(仮)の実家は比較的近いが、多分あてにできない
  • 自分が好きでやってる仕事を離婚を理由にやめたくない

などの理由もあったので、「絶対別れたいけど、今の生活がガラっと変わるのは絶対にイヤ」という気持ちが強くなった。もちろん既に小学校に通っている息子もいるし、自分の家(マンション)も買っちゃってるし、そういう部分でも私が全てを背負ってシングルマザーになるのは腑に落ちなかった。

そこで考えたのは、

  • 夫(仮)だけ家から出て行ってもらう
  • 今の世帯収入で夫(仮)がどこかで一人暮らしをするのは金銭的に無理なので、夫は実家に帰ってもらう

という方法だった。そうすれば、夫(仮)の生活費は大幅に軽減されるので、なんとかやって行けるのではないかと考えたのである。

子どもたちの反応

離婚してもなんとかうまくやっていけないものか…と考えつつ、もう離婚の意思は私の中で揺るぎないものとなっていたので、夫(仮)がいない日、私は晩ご飯を食べながら子供たちに早速話をした。その時のやりとりがこちらである。

私:実は大切な話があるんだけどさ、お父さんとお母さんもう一緒に住まないことになったから。

子(両方):……。

私:でも、4人が家族っていうのも変わらないし、あんたたちが兄妹なのはずっと変わらないよ。ただ、お父さんとお母さんは変われるんだよね。今は「夫婦」っていうやつだけど、もともとはそうじゃなかったから、元に戻れるんだよね。

子(両方):……。

私:お父さんとお母さんが最近よくケンカしてたのは知ってるよね?

息子:うん。お母さん泣いたりしてたよね。

私:お父さんとお母さん、ああやってよくケンカもするようになったし、お母さんはお父さんがお酒を飲みすぎるのがすごい嫌なんだよね。でも家族がバラバラになるのは嫌だったから、お母さんは病院の先生に相談したり色々やってみたんだ。お母さんがお休みの日とか時々出掛けてるの知ってるよね?あれとかも先生のところに相談に行ってたんだ。お父さんもそこに行ったことあったんだけど、ダメでさ。

で、この間、お母さん、お父さんに「お父さんは本当はお母さんが思ってるような人じゃない」って言われちゃったんだよね。だからもうそれって人違いみたいなもんだからさ、一緒に暮らさないことにしたんだ。

息子:どっちがが出て行くの?

私:あんたたち、お父さんがこうやって今みたいにご飯作ったり、学校や幼稚園のこととか色々準備したり、他のお母さんたちと仲良くやっていけると思う?

子(両方):ムリ。

私:でしょ。だからお母さんはお父さんが出てった方がいいと思うんだよね。でも、別に会いたくなったら会えばいいんだよ。この間お父さんが出てった時みたいに、土日に会うとかでもいいし。

息子:引越しするの?

私:お母さんはこの家好きだからあんまり引っ越したくないけどねー。それはこれから考える感じだねー。

息子:お兄ちゃん(←自分のことお兄ちゃんていう)はこの家じゃなくていい!今の友達にたまに会えるなら、誰も知らない学校に行ってみたい!65:35で転校したい!(←謎の比率)

娘:私は幼稚園変わるのイヤ……。

私:それは大丈夫だよ、M(娘の名前)ちゃんが小学生になるまでは幼稚園は変らないようにするよ。

息子:お父さんはどこに住むの??

私:それはまだわからないけど、別の家かもしれないし、じいじとばあばの家かもしれないね。

息子:でもじいじとばあばの家だとお父さんまたビール飲むよ?

私:この間(娘が入院していた時)も飲んでた?

息子:「じゃあいただきます」って飲んでた。

私:そうなんだ…。まぁでもそれはもう別々に暮らしてたらしょうがないね。またこれから色々とお父さんとお母さんで話し合うから、決まったら言うね。それまでには絶対に誰にも言わないこと!

子(両方):わかった!

息子:じゃあまた新しいお父さんができたりするの?

私:うーん。それはどうかな~。お母さんもうおばさんだし、ないんじゃない?

息子:お兄ちゃん新しいお父さんEXITの兼近とかがいい!

私:たしかに兼近がお父さんだったら面白いしかっこいいけど、兼近は若すぎるから無理だわ。

娘:私は星野源さんがいい…。

私:そうね、星野源くらいのおじさんならまだね……。でもお母さんはシロさん(西島秀俊さんのドラマの役名)みたいな人がいいわ。ちゃんと働いてお料理上手で最高だわ。でもシロさんは男の人が好きなんだよね…。

この時の会話は、カウンセリング用のメモにもメモってあるし、かなり鮮明に覚えている。あの頃は夫(仮)が出て行ったり、私が出て行ったりということが繰り返されていたからか、子どもたちもなんとなく想定内ではないけれど「えー!」とか悲壮感みたいなのは全くなく、むしろ単純に「これから生活が何か変わるんだ」ということだけを理解している、という感じだった。

私が今の状態で生活できているのは、息子と娘の柔軟性の高さにもかなり助けられていると思う。ここで「そんなのイヤだ!」とか「ずっとここで暮らしたい!」とか言われてたら、また展開はかなり変わっていたことだろう。