エド&リーのブログ

未亡人に憧れるゴーストライター。深海魚のような仲間を探しています。結論の出ない話多めです。

コーヒーレディーはマルドロールを駆け抜けて⑥

前回の話↓

edoandlee.hatenablog.com

マルドロールの朝

どうせダサい格好で出勤するのであればもう着替えるのも面倒だし、チャリ通だし、あの制服のままでいいのではないかと考えた私は、次の出勤日から自宅から制服でバイトに通うことにした。

奥さんお手製のエプロン以外はユニクロ製なわけだから、エプロンだけを身につけずに行けばそんなに変な格好になるはずはないという算段である。それにしても靴下は一体何を履いていたのかが一向に思い出せない。

もうすっかり季節は夏になり、ユニクロの白いスキッパーシャツに丈の短いキュロットスカートという制服のようないで立ちで家を出る。パチンコ屋までのルートは2つあって、その日の気分によって行く道を変えていた。

一つめのルートは今里筋ルート。杭全(くまた)のあたりで右に曲がってしばらく行くと平野駅に着く。一瞬で辞めたフォルクスなど、色々な店が立ち並ぶ比較的華やかなルートではあったが、あまりこちらのルートの思い出はない。

思い出があるのはもう一つの方のルートだ。一旦長居公園通りの方を抜けて、喜連瓜破(きれうりわり)のライフのところを左に曲がる。阪神高速14号松原線沿いをずっと平野駅方面に向かって行くルートだ。大きな道なのでうるさいし排ガスとかも結構臭いし決して華やかではなかったけど、なんか大きな道沿いをスピードを出してひたすら進む感じが当時は心地良かったのだ。

そして、平野駅までの道中、阪神高速沿い、向かって左手側に「マルドロールの歌」というバーと思われる店がビルの1階にあった。見たところそれほど大きな店という感じではなく、私がその店の前を通る時間はもう閉店して店の中に人がいる様子もなかったが、店の前には針金のような金属でできた、ちょうどマネキンくらいの大きさの人の形をした鎧のようなオブジェが置いてあった。イメージとしてはフェンシングの選手みたいな、西洋の騎士のようなものだ。

私はなぜかそのオブジェを見るのが好きで、もはやそのオブジェの前を通り過ぎるために阪神高速沿いルートを通っていたといっても過言ではないだろう。朝の光を浴びて、人通りの少ない店の前に毎朝ひっそりと立っているとにかく印象的なオブジェ。

「マルドロールの歌」というロートレアモン伯爵の書いた本のタイトルが店名になっていることも妙に気になった。おっかなびっくりではあるが、いつかはあの店に行ってみたいと思いながら自転車を漕いでいた。

パチンコ屋の客

私たちコーヒーレディーの通常の出勤時間は9時半くらいだったと思う。店のオープンは10時。がしかし、私が店の横の駐輪場に自転車を停める頃にはすでに店の前には見慣れたオッサンたちがたむろしている。彼らはオープンを待っているのだ。オープンを待つ客はほぼ毎朝同じメンバーである。新台入れ替えの後は並ぶ人も増えるが、新台入れ替えがなくても彼らはオープンを待っているのだ。理由などわざわざ聞いたことはないが、ほとんどの常連客は自分の席(台)みたいなのがあって、オープン後はいつもそこに座っている。

パッと見すごく紳士的でお金持ちそうなおじさまは、いつも正面入り口前の真ん中あたりの列の一番手前の席に座っていたのをすごく覚えている。まさにロマンスグレーという言葉が似合うおじさま。いつもスラックスにシャツにベストみたいなパチンコ屋に来る客にしては上品な服装。今からすぐにどこかで一仕事できそうな格好である。

だけど毎朝朝から夕方くらいまでパチンコをしている。たまにひょいと台から右に顔をのぞかせ、指で「1」を作って手を上げる。「コーヒーください」の合図である。おじさまはいつもブラックのホットを飲んでいた。1日2~3杯くらいだろうか。

おじさまが強かったのか弱かったのかとか、もう全然どうだったか思い出せないくらいそのおじさまは毎日来ていた。毎日来ている割にはそんなに私たちに喋りかけてくることもなくて、ごくまれに「今日はぜんぜんあかんわ」くらいしか言葉は発しなかった。パチンコ屋では常連同士の「友達」や「仲間」ができがちなのだが、おじさまにはそういう人もいなさそうだった。

あのおじさまは一体何者だったのだろうか。毎朝オープンと同時にパチンコ屋に来て、夕方になると帰る。勝っても負けても毎日来る。そんなに毎日勝っていたようには見えなかったが、毎日パチンコをするそのお金は一体どこから手に入れていたのだろうか。それまでは何の仕事をしていたのだろうか。どんな家に帰って、どんな家族がいるのだろうか。なぜ、毎日パチンコ屋に来ていたのだろうか。ほかにすることはなかったのだろうか。

まぁ、そのおじさまだけに限らず、パチンコ屋は結構常連が多いんだなということを働き始めてから知った。趣味といえば趣味だけど、依存症といえば依存症だ。

毎朝きっちりオープンの時間に来れるくらいの気力体力があるなら、別のことをすればいいのに、何をこの人たちはずっと座ってやってるんだ…と思いながら私は彼・彼女たちをいつも見ていた。この人たちがたまにコーヒーを頼んでくれるおかげで私の給料が入るわけだし、別に軽蔑するとかではなかったけど、「なんで?」という不思議な存在の人たちではあった。